hirarafu’s diary

twitter:@guutaraiueokaki(https://twitter.com/guutaraiueokaki)

高専2年レベルの微積の問題を本番で落としたが、筑波大学に受かった

はじめに

この度、令和6年度編入学試験で筑波大学情報学群情報メディア創成学類に合格しました。試験も受かったことだし編入体験記を書こうという気持ちになったのですが、少し考えた結果記事を役割を分けて二つ書くことにしました。用いた参考書などについての真面目な編入体験記はまた別の記事で書きます。(と最初は思ってたんですが、この記事を書くのに大分体力を使い果たしてしまったので書かずに終わる可能性が高いです)

この記事は自分語りをダラダラするだけの自己満足記事です。どれぐらいの気持ちの割合で書いてるかというと空気の組成の円グラフを思い浮かべていただけるとわかりやすいと思います。空気の組成は窒素78%、酸素21%、その他1%ですよね。他の体験記はおそらくこの割合に落とし込むとするならば「後輩の受験生の助けになればいいなぁ」が78%、「自分語り」が21%、「自己満足」が1%という割合がほとんどだと思います。この記事は「自分語り・自己満足」が99%、「後輩の受験生の助けになればいいなぁ」が1%です。はい。

「おいおいおいちょっと待てよ。じゃあこれは誰に向けて書いてるんだ」というヤジ、ツッコミが入るかもしれませんが、まあ主に将来の自分が過去の受験期に自分がどんな心境だったかを見返すことで受験勉強の時思ってたこととか、感覚をずっと忘れないようにするために書いてます。あとは受験勉強に集中するために数ヶ月全く連絡を取らなかった方々への近況報告です。限定公開にしなかったのはこの記事の自分語りの中から後輩の方々がなにかしら参考になるような部分を見つけて、それによって合格に近づくみたいな事があればいいなぁという気持ちも少ないですが一応あったからです。体験記というより日記に近いです。なので"編入体験記"を求めてこの記事に辿り着かれた方はここで深呼吸をして窒息する前にブラウザバックして他の方が書かれた編入体験記を読まれた方がいいと思います。ここまでの前置きを読まれた上でまだ記事の続きが読みたいという物好きな方がいらっしゃいましたら続きをお読みになってください。

2022年4月~7月

休学明けで一年ぶりに学校に登校し、久々に人と顔を合わせてまともに話した。ブランクがあり上手く言葉が出なかったが、休学中の精神状態最悪の時からは大分回復した。休学中は相手には言わなかったけど友人と週1ぐらいでしてたApexの通話が本当に救いで、あれがなかったら潰れてたんじゃないかとすら思う。田舎すぎて散歩しても田んぼしかないからと理由をつけて休学中家にずっといたので、最初の数ヶ月は家に篭りっぱなしでも大丈夫だったが流石に一年家に篭りっぱなしだと精神的におかしくなってた。無理矢理にでも外に出て遠くまで電車で出かけて人混みの中を歩く習慣を作っておけばよかった。

hirarafu.hatenablog.com

当時、TOEICの点があまり伸びず630点ぐらいだったが、その年受験だった元同級生の友人達に「メディア創成のTOEIC730のボーダーは前期中には超えておいた方がいいよ」と言われたので、今まで音楽聞いていた時間を全部リスニング対策のシャドーイングに当てて登校時や授業の休憩時間、隙間時間にずっと口パクで音声をなぞってた。単語帳、文法対策もシャドーイングと同様にこなしながら模試を周回して間違えた単語やイディオムなどはスマホのアプリに登録して自分独自の単語帳を作って苦手を潰していった。その後6月の試験で運よく840点ほどの点を取れた。

TOEICでいい点を取れたのも束の間、元同級生達の編入試験の結果が出始めた。この年の編入試験は全体的に難易度がこれまでにないぐらい上がってて、元同級生達はかなりの人数が結果が振るわずに終わってしまった。元同級生達の結果が振るわなかった事自体もかなりショックだったが、それ以上にその結果に対して何もしてない奴らが只乗りして本気で受験を戦った奴らを小馬鹿にしてる様子にはらわたが煮えくり返った。他人事ではあるが元同級生達は早い人は3年の時からずっと勉強していて頑張っていたことを知っていたし、それを近くで見ていたので。今思い出してもかなり腹が立つなこれ。思い出さなきゃよかった。

怒りが湧く一方で年々難しくなっていく筑波の問題に対しての危機感が生まれ、TOEICが終わった後はしばらくの間プログラミングだけをやりたかったが数学も少しずつ進め始めた。

全然話変わるが、もし今回私が落ちていて他人に馬鹿にされるようなことになっていてもおそらく「なるほど。そうなんですね」ぐらいの反応しかない気がして、なんでこんなに私と元同級生への対応に対する感情に差があるのか不思議で少し考えてみたが多分試験に向けて必死に頑張る元同級生達の事を当時普通に尊敬していたんだと思う。

2022年8月~9月

夏に2社ほどインターンに行かせていただいたので夏休みはあまり編入の勉強をしなかった気がする。2社の内1社は現地で行われるタイプのインターンだったので会社に支給して頂いた交通費と宿泊費で東京に二週間ほど滞在した。

会社に実際に赴いて自分に用意された席についた時、周りの人が皆技術の話をしていて感動したのが凄く記憶に残ってる。元々校内に意欲的にプログラミングに打ち込んでいる人がほぼおらず、さらにその数少ない自主的にプログラミングやってる人と交流を図ろうとしても私のコミュニケーション能力が低すぎて何回か喋りかけて話したりはするものの対人関係を築くのに失敗して一人で作業するみたいなことが多かったので、日常的に周りの人が技術について会話してて、困ったことがあれば相談したり出来ることが当たり前の環境が衝撃だった。コードレビュー貰うのも初めてだったし本当にインターン楽しくて2週間あっという間だった気がする。インターンはとても楽しかったけれどその分自分の技術力不足も身に染みて分かって、ライブラリをちょっと触れるぐらいの実力しかない状態で就職してエンジニアとして戦っていける気がしなかったので、学生が活発的に活動をしている場所でもっと刺激を受けつつ、個人的に興味があったメディアやインタラクションについての授業と、情報技術の根幹のCSについての授業の両方があるメディア創成に編入して知識の土台を固めたいという気持ちが強くなり編入に本格的に舵を切った。

2022年10月~11月

マセマの微積と線形は読み終わってたので、ここらへんで編入数学徹底研究の線形代数に手をつけた。が、当時は公式が勝手に降ってきて背景知識がないまま解答が羅列されているいかにも暗記しろみたいな形式のこの本が気に食わず、背景知識を理解するために大学教養線形代数使い始めて証明をずっと追いながらいかにして定理、系の背景知識を理解するかをずっと考えてた。証明の行間を埋めることに全力を尽くしてたので、一つの証明に時間をかけながら色んな定理を漁って証明が納得できる様になる要素を集め、証明の理解の助けになるような内容を補足説明として教科書に書き込みまくってた。証明によって背景知識を漁るのは行き詰まることはあっても凄く楽しかった。

数学の先生と受験についての雑談をした時に証明をずっと追ってることについて話したら「もちろん証明を追って背景知識をつけるのはとてもいいことなんだけど証明だけ追ってても意味がなくて、演習をこなして問題を確実に解けるようにする事も大事だと思うよ。両方の対応付けがないと」と言われたが、一応大学教養線形代数のチャートの問題も解いてはいたので言われたことの意味があまり腹落ちしないまま証明をメインに進めてた。

2022年12月~2023年2月

線形代数が一通り終わったので高校範囲の数列や漸化式についてやってた。その後大学教養微分積分と難波誠先生の微分積分学を用いて証明を追いながら大学教養微分積分のチャートを解き進めてた。ついでに定本Cを一周した。

2023年3月

時間的に微積の証明を追いきれないと思い微積の証明を追うのを止めた。ここで、今までチャートで演習積んでるようなフリをしてたが実際はただ一度問題を解いただけでしかなく、私は証明が多少頭に入ってるだけで問題を解く力が全く身についてないことに初めて気がついた。11月先生に言われたことがフラッシュバックして、自身がやってきた証明が途端に意味の無かったものの様に感じて絶望し、受験当日まであと数ヶ月しかないという焦りを抱えながら3月の下旬から演習全振りで数学をやり始めた。演習も定理の証明もこなした受験後の今数学について振り返ってみると、問題を解くことによって定理の具体的な用い方、問題文から解法への変換、他の定理との解法の中での対応付けが分かって定理の理解が深まることも、定理の証明をして背景知識を身につけることによって問題文を読んだ後に連想される解法が増えることもあり、証明も演習もそれ単体だけの理解でなくお互いがもう片方の理解を伸ばす役割を担ってると感じるので、11月の先生の言葉は演習と証明を何度も往復しながら両輪をグルグル回さないと意味がないという意図だったんじゃないかなぁと思う。

この頃MCバトルを勉強の合間に見始めた。確か最初に見たのは二ドラアサシンの動画だった気がする。ラッパーのどんだけディスられようが、アウェーだろうが馬鹿にされようが自分に自信を持って詰まることはあっても臆することなく全力で自分の言葉を吐き続ける姿がメチャクチャかっこよくて魅入られてしまい、この頃からずっとMCバトルを見る様になった。

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ラッパーの意志の強さや熱に当てられて勉強にもより一層身が入るようになったが、ラッパーの格好良さを認識する度に夏のインターンで昼食に連いれていって頂いて雑談をしながら飯を食べていたら社員の方にふと「〇〇さんって推しとかいるんですか?」と聞かれた時のことを思い出した。私にはにじさんじの鈴木勝という推しがいて、休学中不眠になってほんとに辛かった時勝くんのASMRを聞いて寝ることが出来て、それからは寝つきが悪い時は必ずASMRを聞いていたし雑談やその他の配信を見て心の支えにしていたのだが、推しについて聞かれた時に勝くんという推しがいてASMRを聞いてるということを喋ることを恥ずかしがってしまい「いや....いない...ですね」と話を濁してしまった。その返答をした時は理解が得られるかどうかも分からないし、馬鹿にされる様なことは万が一にもないとしてもとりあえず無難な選択を出来たはずと思っていたが、自分を貫き続けるラッパー達を見て公序良俗に反する様な話題でもないのに自分で自分の好きを否定した事が、自分で自分の事を伝えることをビビってしまった事が顔から火が出るくらい恥ずかしくなった。俺は本当にダサいなと思うと同時に、ラッパーが自分を貫き続ける様に、私も間違えたことはすぐ認めるような素直さは保ちつつ自身の考えに意固地にならずその上で常に芯の部分で自分に自信を持ち続けるような奴になりたいと思ったし、そのために自分に自信を持つための努力は惜しまない様にしようと心から思った。

2023年4月

春休みも明け、学校に登校すると4月の中盤ごろに研究室の鍵をもらったので、ここから試験当日まで授業がある時以外は土日含めて朝から夜の10時ぐらいまで毎日欠かすことなく研究室で勉強してた。

この頃はずっと大学編入のための問題集をしてた。証明をかなりちゃんと追っていたため解答を読めば問題の意図が全く分からないみたいな事になることはなかったが、問題と定理の内容を結びつけることが重要だと思いつつも証明を追っていた頃の癖が抜けておらず、又、問題集の解答が不十分に見えたため今まで使った教科書を参照しながら解答の行間を埋めることに熱中してたら一周するのに百時間ぐらいかかった。ついでにアルゴリズム入門も一周した。

この頃から作業が手につかない時の種類が私の場合は

  • そもそもやる気がない
  • あまりにも体が疲れすぎてて勉強出来るコンディションじゃない
  • 精神的に疲労が溜まってる

の内のどれかだな〜と思い始めたので

  • そもそもやる気がない
    • 作業の合間にMCバトル、アニメのPV、曲のMVを見ながらテンション上げて勉強する状態まで持っていく
  • あまりにも体が疲れすぎてて勉強出来るコンディションじゃない
    • 普通に数十分~数時間の仮眠を取る
  • 精神的に疲労が溜まってる
    • 勝くんの配信を見たり、ノンスタの公式が上げてる漫才を見て恣意的に笑顔を作る

という対処しながら勉強をやってた。

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2023年5月

大学編入のための問題集をもう一周した後に、本の形式が嫌いだったので線形代数の範囲だけやった後放置していた徹底研究の微積の範囲をやった。基本的な1変数の積分があまりにも解けなくてビックリしながら一週間で微積の範囲を2~3周ぐらいした気がする。積分があまりにも解けなかったので初見の積分に対応するために昼食の時にずっとますたださんのyoutubeチャンネルを見て解法を数分考えた後に動画見ながら飯を食べてその後ルーズリーフに解き直してた。

www.youtube.com 他にも数学力向上チャンネルの今日の一問を解いたり、高橋ユウコ先生の過去問解説を時間測って解いて解説を見ながらnotionに間違えた原因と対策を書き綴ったりしてた。螺旋本も手をつけはしたが、筑波の過去問を解いてみた感じだと情報に関しては基礎的なアルゴリズムは身についていたのでアルゴリズムの理解不足で解けなかった様な問題はあまりなく、どちらかというと情報の長文に書いてあることをそのまま理解する能力が低いせいで読み間違えたり条件を読み飛ばしたりして点を落とすことが多かったので螺旋本は途中で進めるのをやめた。

研究室のホワイトボードに「カフェイン駆動人生!!」と書き毎日コーヒーを数杯飲んで眠気を誤魔化していたら同じ研究室の先輩に目がヤバいと指摘され、久々にちゃんと鏡を見たらナルトのイタチみたいな目のクマが出来ていてそれがツボに入って爆笑した。ちゃんと寝ていたつもりだったんだが実際は寝れていなかったぽくて、睡眠時間を一時間増やして7時間以上は必ず寝るようにしたら顔がいくらかマシになってカフェインも取らなくて済むようになった。

2023年6月~受験直前

過去問特訓の不安な範囲のAとBの問題を解いた。令和4年と令和5年の情報がモロ情報理論だったので情報理論の対策として「わかりやすいディジタル情報理論」と「情報理論:情報量~誤り訂正がよくわかる」をやった。他にも情報対策として典型90の問題と解説を10分以内に理解するタイムアタック(参加者私一人)も少しだけやったが役に立ったのかどうかはよく分からない。

筑波の情報学群は数学科に片足突っ込んだような問題を出す事が多かったので線形代数明解演習と微分積分明解演習もやった。線形代数明解は解答を見ればそれなりに理解できたが、微積はたまにかなり難しい問題が混じってて一章しか時間的に手をつけれなかった。微積は二章以降は実際に解いたわけではないので正確には分からないが、明解演習の中でとりわけ難しい問題は証明をある程度追ってきてた状態でなんとか問題と解答から行間を埋めれるような難易度だったので工学部がやるような本ではないなと思った。

この頃数学に関してはずっと計算ミスが私が編入試験に落ちる一つのデカい要因になるだろうなと思ってたので計算ミス対策として計算ミスの種類をひとつずつ認識して計算ミスの種類ごとに、ここは一気に計算したらミスしやすいから計算過程を分けようとか、この計算はミスることが多いので必ず式変形の前後で検算する癖をつけようみたいなことを思いながら少しずつ計算を正確にしていった。

受験の一週間前に、私が初めて見た深夜アニメのエンディングテーマである酸欠少女さユりミカヅキが唐突に聴きたくなって調べたら路上ライブの動画が上がっていたので見た。

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メジャーデビューしたばっかりで一番ギラついてる時の自分の感情を全てぶつけて歌う姿の勇猛さにやられて、この動画に鼓舞されながら最後の一週間を走り切った。

受験前日

受験の2日前に実家に帰り、翌日に実家の近くの駅から新幹線に乗る駅まで移動したら早く着きすぎたので待合室で問題集の復習をしてた。状況に即して今までに見た漫画、アニメなどの言葉が頭の中に出てくることがかなりの頻度であって、今回は待合室に座って問題集をパラパラめくってたら不意に委員長の「なぜなら頑張っているから」という言葉が出てきた。私は誰かに褒めてもらうために勉強してた訳じゃないし自分がこうありたいなと思った姿に近づくためにずっとやってきただけなんだが、にじさんじが発足してからV黎明期ですごく不安定な時代に自分の人生を懸けて箱を引っ張ってきた経緯を踏まえた上で出たであろう委員長のこの言葉に自分を重ねてしまって、おこがましいけど僅かながら気持ちが分かるような気がして、受験期を経て少しは積み上げてきた事柄に裏打ちされた自信に支えられて胸を張っていられる人に近づけて、少しは自分が自分を好きでいられるような、マシな状態になれたんじゃないかという気がして、気がついたら泣いてた。最初はそれでも問題集の復習を続けようとしたんだが、感情が湧き出てくるのが止められなかったので本を閉じて10分間ぐらいずっと前を見ながら真顔で泣いてた。泣き疲れてボーッとしてたら新幹線が来る10分前に鳴るように設定しておいたスマホのアラームが鳴ったので涙でグショグショになったマスクを待合室のゴミ箱に捨てて新幹線に乗った。

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筑波に着きホテルに荷物を預けた後、まず飯を食おうと思って駅前の建物内のサイゼリアに行こうとしたら建物が入り組みすぎてて20分ぐらいうろうろした末にサイゼリアに到着し、飯を食べた。飯を食べたので会場に行き受験者数を数えたら180人程度だったので去年よりは減ったな〜と思いながらホテルへの帰路についた。途中で通りすがりの人がいたのでその人に近場の美味しいおすすめの店を聞いて、「(夜はここに食べに行くかぁ。いやでも試験前日にラーメンはちょっと重いか?)」みたいなことを考えながら歩いてた。

筑波への移動で大分疲れが溜まってた上にホテルに帰ってからぶっ通しで何時間も勉強したせいで体調が最悪になって、地震かと思ったら私が揺れてるだけだったみたいな状態まで悪化した。「(ここで寝たら確実に明日の試験のための睡眠事情が終わる.....どうしよう.....。ていうかごめん!さっきの通りすがりの人。教えてもらったラーメン店いけそうにない....最悪....)」と思ってたんだが、昼に駅前の建物の中で迷った時に見つけたマッサージチェアが頭をよぎり、これだ‼️と思ってマッサージチェアまで移動してマッサージを受けた。

無重力ボタンがあったのでどうなるんだろうと思って押したら45度ぐらい回転しただけだった。一瞬無重力じゃなくね?と思ったが体力を回復するのを優先して考えるのを止め、マッサージが行われる15分の間仮眠を取った。

マッサージのおかげで大分回復したので意気揚々と教えてもらったおすすめのラーメン店に行ったら店内にラーメンを食べてる人がいるのに今日は閉店しますみたいな張り紙が入り口に貼ってあった。意味が理解できなくて呆然と立ち尽くしてたら店主っぽい人が店の外からやってきて「すいません...。ついさっき僕が熱中症でダウンしちゃって.....」と言われた。どうやら私が倒れかけてマッサージチェアで仮眠を取って回復して店を訪れるまでの間に今度は店主がダウンしたらしい。あまりにもタイミングがドンピシャ過ぎる。泣く泣く醤油ラーメンに別れを告げて他のラーメン店でラーメン食った。

11時に寝るように行動して11時に寝れそうだったので完璧すぎる!最高!と思いながら電気消したら他の電気は全て消えたがベッドに取り付けられて固定されていた備え付けの明かりが消えなかった。この明かりを消すために数分壁の色々な明かりの電源を見つけては付けたり消したりしたり、明かり自体に回すタイプの電源がついてるんじゃないかと思って明かりのノズルっぽい部分を触ったりしてた。嫌がらせか?と思いながら必死に探したんだが結局電源は見つからず、最終的にホテルの部屋が入り口にカードを入れれば部屋に電気がつく仕様だったのでカードキーを抜いて部屋の電気を全て消して就寝した。

受験当日

深夜の2時に暑すぎて飛び起きた。どうやら就寝時はクーラーが効いてたものの、カードキーを抜いて強制的にベッドの明かりを消したせいでついでにクーラーも切れてしまい部屋の中がめちゃくちゃ暑くなって寝苦しさで起きたらしかった。罠すぎる。急いでカードキーを差し直し、クーラーを28度ほどに設定して、備え付きの明かりを布団でぐるぐる巻きにして明かりを弱め寝ようとしたんだが、寝れなかった。これはまずいと思い勝くんのASMRに頼ったり他にも色々したんだがなまじ数時間寝てしまったばかりに、完全に頭が冴えてしまい詰んでた。再び寝るために試行錯誤していた中で部屋にあった二つの枕を使って枕の上に乗せた頭の上に枕を乗せてサンドイッチみたいにした時が一番寝れそうな雰囲気はあったんだが、あれは寝るというより呼吸が浅すぎて意識が落ちかけただけな気がする。意地でも目は閉じていたが結局寝れずに朝を迎えてしまい、死んだ顔で朝飯を食べに降りた。

頭痛が酷く体も重かったが当日の朝にはMCバトルの中で一番好きなラッパーのAuthorityがUMB2019で優勝して一気に成り上がった試合を見ると事前に決めていたので朝飯を食べて試験会場に行く準備をして椅子の上で少し仮眠をとった後にMCバトルを見てた。準備運動みたいな感じで3対3のバトルを見た後UMBのベスト8から決勝までを一気に見て、Authorityがこれまで何度もUMBの初戦で負けてきてそれでも折れずにUMBで戦って4年越しに優勝して全力で喜んでる姿を目に焼き付けて疲れも忘れるぐらい最高潮にテンションが上がり、ここまで数ヶ月風邪引かないように体調も毎日気を遣って感染症対策も全力でやって睡眠も整えて最後の最後で体調最悪になったけど、頭が回らなくても問題が分からなくても最後の最後まで戦って勝ってやると思いながらホテルを出た。 youtube.com

これ以上体力を消耗したくなかったので試験会場までバスで移動しようとしてバス停でバスを待っていたら何故か猛烈に他の受験生とグータッチがしたい衝動に駆られてヤバかった。多分学校に学力試験の受験仲間がいなくてずっと一年半の間休学中から一人で勉強してたので、同じ学類の志望者だったら競い合う相手ではあるけど、それ以上に他の受験者を見た瞬間その人が受験者である以上は会ったことはなくても同じ目標に向けてずっと頑張ってきた内の一人だということに感極まってしまったんだと思う。同じくバスを待っていた後ろに並んでいる受験生に話しかけようかと迷ったが、いきなり「あの、筑波大学の受験生ですか!?グータッチしませんか!!」とか言ったら明らかに不審者だし、何より受験の一時間前に唐突にグータッチを迫ってくる人のせいで動揺して私に話しかけられた人が本番で実力を発揮できなかったらあまりにも申し訳ないと思い、なんとか抑えた。

試験会場に着いた。前から試験会場に行った時は他の受験者で溢れかえってる様子を見て

「大輔!あれを見てみろ!」

宮川「えええええええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️」

_

____そこで宮川が目にしたものとは....!!!!!!

_

_

宮川「去年より人増えてるやん❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️」

「そうさ大輔!これが年に一度の!筑波大学編入学試験だ!!」

というナレーションを頭で流そうと思っていたんだが、そもそも去年より受験者人数が減っているし、私が試験会場に着いたのは会場受け入れが始まる時間の大分後で私の他に二人ほどしか同じ時間帯に試験会場入りする人がいなかったので出来なかった。というか寝不足だったので頭の中で茶番をやるような心境でもなかった。

試験会場に入って教室に入ったら全員ピリピリしてて、それがすごい心地よかった。ああ、皆本気で受けにきてんだなぁと思った。森永ラムネをカバンから出してその場で食おうかと思ってたんだが、試験室で食うのは他の受験生の気を散らすかなと思い教室を出てトイレの個室に入って森永ラムネを一気食いした。

あの、ラムネをひと袋一気食いするとラムネが全て結合した状態のものが口の中で出来て飲み込めなくなり、一生噛んで口をモキュモキュさせることになるので、ちょっとずつ食べたほうがいいです、あれは。

間も無くして試験が始まった。試験開始前は数学がどんな問題が出るか戦々恐々としていたんだが、簡単な問題しか出なかった。以下、所感

数学1

(1)はただ微分するだけだった

(2)はε-δを使うかどうか迷ったが微分した結果を見ながら問題文読んでたらなんとなくテイラー展開で近似するだけな気がしてきたので、どうやって近似の形まで持っていこうかなと思った結果1/2で有限テイラー展開してf(0)を取れば不等式の評価に持っていけそうだなと思い計算した。何故か答えが合わなかったが方針は合ってる確信があったので計算ミスを探したがどこにも計算ミスは見つからず、そのまま試験時間が終了した。

数学2

計算するだけ。実ベクトルの内積が実ベクトル空間の標準内積かどうか指定されてなかったので一瞬別に内積が指定されてる罠かと思い問題文を読み直したがどこにも記載がなかったのでそのまま標準内積で解いた。

情報1

(1)~(3)はやるだけだった

(4)~(5)は解けなかった。(4)を見た段階で残り時間が10分ほどしかなく、数学1の計算ミスが頭の中にあったので(4)の問題文とプログラムを見ながらおそらくこれが入るんじゃないかなと推測して答えを書いた。(5)は普通に空欄。

情報2

計算量の感覚さえ身についていれば後はやるだけ。enqueueとdequeueの関数にprintf文があったので出力を記述する問題で丁寧に文のプログラムを追ってみたがキューのそれらの関数のprintfの処理は別に問題で指定されてる条件では実行されそうになかったのでプログラムを頭で回して出力を書き起こして解答した気がする。

正直な感想としてはかなり拍子抜けだった。令和5年があまりにも難しく、ここ数年試験難易度が単調増加的に上がっている傾向から令和6年は令和5年の数倍難しい問題が来ると思っていたので。多分受かったなと思いながら筑波の友人に連絡したら相手が寝ていて連絡が付かず会えそうになかったのでカラオケに行った後新幹線で爆速で家に帰った。

試験終わった後の見直しは何も結果が変わらない上にただ精神を傷つけるだけだと思ったので試験の内容を振り返る気になれず試験の問題文と計算用紙を家に置いて寮に帰ったが、寮で風呂に入ってたら頭の中で勝手に数学1の問題が解かれ始めて自分が数学1の(1)の本当に簡単な高専2年生レベルの微分の計算で間違えたことが分かってしまったので急いで風呂から上がり計算用紙にうろ覚えの数学1の(2)の問題を解いてみたらそれっぽい答えが出てきて、完全に終わった....と思った。試験終了後は体感260程の出来だったのにこれだと部分点込みで230~250しかないのではという落胆もあったが、何よりも自分の計算ミスをする癖を無くすために計算ミスをしやすい計算ごとに解き方を変えたことで対策出来ていた物とは別の種類のミスを本番でしてしまい、あれだけ気をつけていた計算ミスで問題を落としたことが本当に悔しくて動けなかった。試験内容がかなり簡単でボーダーが上がっている気がしたのでその日から普通に落ちたかもなと思いながら合否発表の日を待ってた。

試験後

試験終わった直後はこれまでの勉強中に積み重なった辛さとか苦しさが一番溜まっている状態だから、苦悩がよく表現されているコンテンツを浴びれば今後そのコンテンツが記憶に残り続けるものになるだろうなという気がして、受験勉強の頃から受験終わったら何を見るかを考えてた。結局、合否発表までに「ピンポン」の映画、「ブルーピリオド」の漫画、「だが、情熱はある」のドラマ、「たりないふたり」の漫才を見た。ブルーピリオドも読んでてかなり辛かったんだが、「だが、情熱はある」、「たりないふたり」がぶっちぎりで刺さった。受験勉強の合間に見てたノンスタイルの漫才関連で「だが、情熱はある」のドラマ中のオードリーの再現漫才がオススメに出てきたのがきっかけで興味本位で見ようとしただけだったのでこんなにハマると思わなかった。1,2話で完全に引き込まれてその後ずっと下積み時代の描写が描かれた上で9話でオードリーの2009年M1敗者復活の漫才が出てきた時、再現漫才は受験期に10回ぐらい既にyoutube上で見ててネタも覚えてるような状態だったのに、漫才が全く別物のこれまでの苦悩が詰まって詰まって何とか絞り出した一縷の望みをかけた魂の結晶に見えて漫才を見ながら泣いた。泣きながら笑った。漫才見て泣きながら笑うなんてマジで初めての経験だった。

youtu.be

ドラマを見終わった後、ドラマで演じられた若林と山里がコンビを組んだ漫才である「たりないふたり」も「だが、情熱はある」と同じくHuluで配信されてたのでエスカレーター式に見てた。

合否発表前日~合否発表

たりないふたり」は「たりないふたり」、「もっとたりないふたり」、「たりふたSUMMER JAM'14~山里関節祭り」、「さようならたりないふたり」、「たりないふたり2020 ~春夏秋冬~」を経て「明日のたりないふたり」で締めくくられる合計数十時間の漫才なんだが、合否発表の前日までに「たりないふたり」しか見終わる事が出来なかった。合否が決まってからじゃなくて、合否発表までの合格か不合格か決まっていないすごく不安定な状態で見ることでしか感じることが出来ないものがあると思ったから、なんとか合否発表までに「明日のたりないふたり」を見たいと思い前日から合否発表までぶっ通しで仮眠を挟みながら漫才を見てた。流石に全部は見れなかったので「もっとたりないふたり」は気になるものだけを選定して、「さようならたりないふたり」、「たりないふたり2020 ~春夏秋冬~」はダイジェストだけを選んだ。それらを全て経由し終わった頃には外が完全に朝になってたので仮眠を少し取ってから「明日のたりないふたり」に臨んだ。

期待を膨らませすぎた上に徹夜で疲れていたこともあり、最初の30分ほどはかなりつまらなそうな顔で見ていた。が、途中で漫才のテンポが変わり始め、内容も上っ面の物からコンビの生々しい人に言えないようなアイデンティティや苦悩のぶつけ合いになってから目が一気に冴えてずっと見入ってた。気がついてたら泣いてた。二回目、漫才で笑いながら泣いたの二回目で、一回目と二回目の笑いながら泣く経験をこの二人の生き様に奪われた。特に若林の「たりなさの剣、諸刃の剣。悩みであり、武器であり、お守り」に食らってしまった。若林が投げたこの竹槍が試験の合否発表から一週間が経とうとしてるこの記事を書いてる今もずっと胸に刺さり続けてる。

「明日のたりないふたり」を見てボーッとしてたら気がついたら合否発表の時間から40分ほど経っていた。Creepy Nutsの「たりないふたり」の音楽でも流そうかなと思ったが、この結果は自分自身で受け止めようと思って何も流さずに合格発表の番号を見た。番号があった。

「.....。.....ッッtしゃあああああああ❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️❗️」という声と共に生まれてきてから今日今までで一番心のこもったガッツポーズが出た。

合否発表後

とりあえずお世話になった先生方に報告しに行くかと思い、報告に行った。担任の方が私よりも喜んでいた。

受験の移動のために家に帰る直前、「頑張ってな」という声と共にお菓子と飲み物が入った袋を貰ったので研究室の先輩にも報告しに行こうとして、ふとチェンソーマン11巻でデンジが質問に対してピースサインで返答を返すというシーンを思い出した。流石に先生方にこの方法で報告するのは失礼だったのでしなかったが、先輩とは高専1年の頃からの関係だったのでピースサインで報告しようと思い研究室のドアを開け開口する前にピースサインを先輩に向けたところ相手に伝わらなかった。結局口を開いて言葉で報告をした。

何がピースサインだけで合格が伝わらない要因になったのかを考えながら研究室からトボトボと寮に帰った。考えた結果、以下のようなステップを踏まないとピースサインだけでは合格が伝わらないのではないかという結論になった。

事前に20日が合否についての発表ということが共有されている

相手が合否に対して強い興味があり、合否発表が終わった後に会った瞬間に合否の結果を聞きたがるようなそぶりを見せる

ピースサインを相手に向ける

相手が意図を理解

普通に無理ゲーすぎる。どんな状況だとこれになるんだよと思い気落ちした状態で合否発表の日の午後を過ごした。

しかし実際は、こんなバカみたいな条件に該当する人がいた。合否発表から時間も過ぎてすっかり夜になり半ばピースサインについて忘れかけながら寮の夜点呼に行こうとしたら、玄関に、その人がいた。玄関に立っていたのは合否発表の前日に風呂で試験の出来や合否発表の日時について話した友人であり、「合否の結果は落ち込んでるかどうかで判断出来ると思う」みたいなことも話してた事が一気に頭を駆け巡り、中学の体育の剣道の時のような緊張感で前に足を進めた。相手がこちらに気がついた瞬間、試験の合否を聞きたそうな顔に変わったので「(....今だ❗️❗️❗️❗️❗️)」と思いながらピースサインを相手に向かってした。相手に意図が伝わったのが表情から見てとれた。めちゃくちゃ嬉しくなってお互い肩を叩いて通り過ぎ、浮かれながら夜点呼をして近くの自販機でカロリーメイトを買うために小銭を入れてボタンを押した瞬間、一気に編入試験が終わったんだなという感覚が湧いてきて、私の受験が終わった。

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終わりに

ただひたすらに背景知識と結びつけながら演習を積む事自体は自分が好きなコンテンツに背中を支えてもらいながらずっと一人でしてきましたが、勉強もそれ以外も色々な人に支えられてきたなと思います。日記でこれを書くのも変な話ですが、支えてくださった、応援してくださった先輩方、友人達、先生方、そして何より受験の参考書や交通費宿泊費など諸々の支援だけでなく、併願を一つもしないという選択を渋々ながらも受け入れてくれた両親に、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。